return
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―――もう、関わりたくない。
そんな言葉を、
何人の人に漏らしたのか、
よく覚えていない。
ただ、其れほど自分にとって
あの人は怖い存在だった。
今まで使っていたケータイを
叩き壊してゴミ箱に投げ入れた。
契約も切って、別のケータイに変えた。
今まで住んでいた家を引き払って
地元にこっそりと戻った。
バンド友達にもこの事をあまり広めず、
実家でのんびりして、
暫くは、あの人の事を思わないように、
しようと思っていたのに・・・。
何故かすぐバレた。
皆、あの人が怖いんだろうな。
そう思っただけで、
バラしたやつを恨もうとは思わなかった。
遅かれ、早かれ、
見つかるとは思っていたし。
ただ、其れがちょっと早かっただけなのだと。
諦める事にした。
電話越しの遊汝さんの声は、
怒鳴り散らす訳でもなくて、
何だか、淡々として
逆に其れが凄みを増した。
「何処いんだよ」
其れが、遊汝さんの第一声。
俺は一呼吸おいてから答える。
「地元の方に・・・」
「何してんだよ」
「や・・・あの・・・」
「逃げたのか?」
「違・・・うんですけど」
「じゃあ、何、アレか?
今すぐ戻って来いって言ったら来るか?」
「其れは無理です」
遊汝さんは鼻で笑った。
「良い度胸だな」
「・・・・・・」
「じゃあ、俺がそっち行ってやろうか」
「其れも・・・勘弁して下さい」
声を絞り出すように、懇願った。
暫くの沈黙のあと、
遊汝さんはこう訊ねてきた。
「何で戻れねえ?」
「厭、だから」
「俺が?」
「・・・・・・」
「戻りたくない、が本音か」
「・・・ええ」
今度は、遊汝さんが一呼吸おいた。
「・・・じゃあ、イイ」
「え、」
「イイっつってんの。
戻りたくねえやつ無理に引っ張っても
やる気ない侭仕事されたら足手まといだろ」
「は、あ・・・」
普段の遊汝さんだったら、
きっと、本当に今すぐこっちに来て
俺殴って、言う事聞くまで蹴って、
引き摺ってまで連れ戻すだろう、
なんて思っていたのに。
こんな展開だから拍子抜け。
「じゃあな」
遊汝さんが電話を切りに掛かる。
「あ、はい。・・・すいませんでした」
「戻る気になったら俺ん家来いよ」
次の台詞を待たずに、
遊汝さんは電源を切ったらしい。
スピーカーからはツーツーという音が
空しく聞こえてきた。
その後、何故か遊汝さんの態度が気になって
一人の仕事仲間に電話を掛けた。
そいつは言う。
「あれでもあの人、相当凹んでたよ」と。
「真澄くんの事、気に入ってたもんね」
有り得ないよ、と笑ったら、
や、本当だって、と
結構真面目な答え。
電話を切ったあと、
少しだけの胸騒ぎ。
凹んだらとことん落ちる人だから、
心配になってきた。
でも、今更電話を掛け直す訳もいかなくて。
何となく、ベッドに寝転んだまま
天井を睨みつけて、
遊汝さんの事を思っていた。
あの日から大分経った。
夜は既に更けて、
ケータイのディスプレイを覗き込むと
11時は過ぎていた。
「何で、此処にいるんだろ」
呟いて、目の前の扉を軽く蹴った。
此処は、遊汝さんの家の前。
遊汝さんはまだ帰宅していないらしく、
部屋の灯りは点いていなかった。
別に、戻ってくる気になった訳ではない。
遊汝さんの事は、まだ怖いと思えるし
苦しいローディーの仕事を
叱咤されながら続ける気もさらさら無い。
だけれど、自分は今、此処にいる。
遊汝さんの家の前にいる。
という事は・・・。
戻ってきた、という事実には
変わりないのだった。
その後、どのくらい待ったかは解らないが、
扉の前に座り込んで
ぼんやりタバコを吸っていたら
足音が近付いてきた。
コツコツなんていう、高いヒールの音。
目を上げると、其処には、遊汝さんの姿。
「やっぱり、」
「何がやっぱりなんだよ」
「遊汝さんのブーツの音、
結構解りやすいんですよ」
「何だ其れ。・・・つうかさ、何してんの」
「遊汝さんを待ってました」
「はあ? 戻らねえって言ってたじゃん」
「遊汝さんが気になったから来たんです」
「俺はガキじゃねえぞ」
拗ねたような顔を見せながら
遊汝さんはブツブツ文句を言う。
何だか妙な感覚が襲って
ふと笑顔で受け止めたら、
その時ばかりは頭を小突かれたけれど。
「入れよ」
何はともあれ、といった風に
遊汝さんは部屋に通してくれた。
入った途端、遊汝さんの部屋は、
遊汝さんの香水と
遊汝さんの煙草の匂いがした。
そして、其の匂いにすら安堵する俺。
やっぱり戻ってきたかったのかもしれない、と
遊汝さんの背中を見つめて
思った俺だった。
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マジで有り難うございまっすー。(感涙)
これ絶対実話だと思うんですけど…違う?(笑)
SのEASTにて、夏頃に消えたローディー真澄が戻ってきてて、びっくりしました。
それも格好良くなってるし。相変わらず服のセンスは悪いけど。
でももう1人はまだ…(沈)どこ行ったんだか…戻ってこーい。
あたしのワガママを聞いて書いてくれてありがとねvv
それもやはりあの時の氷川テンションのおかげか?(違)
遊汝さんとますみんの引かないやりとりがすごくツボでしたよん。
後日談:真澄、今はQuarryで元気にギターやってます。(笑)