trust
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 すごく疲れていて、
すごく凹んでいて、
すごくやりきれない時、
思いっきり甘えてしまっても良い人がいるって、
どんなに倖せなことだろう。

 アイツにはどんな我侭を言っても許されるから。
だから時々――本当に時々――、我侭が過ぎて傷つけてしまうこともあるけれど、
でも、我侭を言えるのは信頼しているからで、大好きだからで。
何を言っても、何をしても、アイツは離れていったりしないから。

 と言うのは、少し自分勝手過ぎるかも知れないけど。
でも、そんな我侭や自分勝手を許してくれる艶が、
実は結構、すきだったりします。



「…今日はどうしたの」
 入ってきた流維の表情に気付くなり、タバコを灰皿で揉み消して問うてくる艶。
部屋に充満したタバコの煙と匂いに顔をしかめながら、流維は溜息を吐いた。
 ――高校時代だったか、とにかく以前にも、お前は一目見ただけで機嫌が分かると言われたことがあった。
流維本人にしてみれば、なるべく顔に出さないようにしているのに、
どうやら流維の機嫌――特に不機嫌はすぐに顔いっぱいに出るらしい。
「紺さんに構ってもらえなかった?」
「…うっさい」
「じゃあ社長とケンカしたとか」
「…………」
「あ、図星?」
 黙り込んで艶を睨みつけた流維に、睨まれた当の本人は飄々と笑う。
手近に落ちていたティッシュの箱を艶に投げつけて、流維はベッドに身を投げ出した。
 癪だから敢えて否定も肯定もしなかったけれど、艶の言ったことは二つともほぼ図星で。
紺にはいくら好きだと言ってまとわりついても、やんわりと笑ってかわされるばかり。
それはまあいつものこととしても、そこで少なからず凹んでいるところに、
いわば恋敵みたいな相手が今後の方針について口出ししてくるのだ。
これでいつものテンションを保っていられるはずがなかった。
「何か食べる? 作るよ」
「いい、いらない。お前の手料理なんて食えたもんじゃない」
「…さらっと酷いこと言うよね…俺だって料理くらいできるのに」
 投げやりな口調で、けれどきっぱりと拒絶した流維に、艶は苦笑して返した。
――それでも、流維の毒舌には悪気は無くて。
いちいちそれに反応する必要が無いと気付いたのは何時頃だっただろう?
別に艶は、ちょっとしたことで傷つくような繊細な心の持ち主でもないけれど。
「ま、好きにしてていいよ」
 そう言って、足元に放り出しておいた雑誌を手に取る。
特に読むわけでもなく、ぱらぱらとめくるその傍らに、流維の視線を感じた。
視界の端で窺うと、うつぶせに身を投げ出したまま、流維がこちらを見上げているのが分かる。
「…るーいーくーーーん」
「何」
「見詰めないでよ、恥ずかしいから」
「そんな可愛いキャラじゃないくせに」
「まあね。でも、見詰められたら気になるでしょ」
「…………」
 艶の云う事が正論だけに云い返せないのか、流維はただ口唇を噤んで、じっと見詰めてきた。
強い意志の眼。
「…ま、何か愚痴りたいなら何でもどうぞ。慣れてるからね」
 やんわりと笑ってみせる。
大して付き合いが長いわけでもないけれど、初めからこんな付き合いだった。
弱みや歪んだ部分を見せてくれること、流維からのその信頼は確かに嬉しいのだけれど。
流維は艶の想いには気付いているはずで――と言うか、
ある程度の艶の愛情は拒絶しない割に、それ以上は許そうとはしない、
やりにくい関係が続いていて。
(微妙…)
 そんなことを思いながら、金色の頭を軽く撫ぜて、雑誌に視線を戻そうとした艶だったが、
それは流維の行動によって阻まれる。
急に身を伸ばして、流維は艶の顔に自分の顔を近づけてきたのだった。
「どしたの?」
「…すっげー我侭言って良い?」
「何?」
「一緒に寝て」
「…何だ、そんなこと」
「一切手出し無しで!」
 何が我儘なの?と問おうとした艶を遮るように、流維は付け加える。
下から見上げてくる意志の強い瞳、きゅっと結ばれた口唇。
余りに真剣の其の様子が可笑しくて、艶は思わず声を上げて笑った。
「なんで笑うんだよ!」
「なーんか、真剣だなぁって」
「だって艶、隙あらばって感じするから」
「いや。しないよ」
「嘘」
「うーん…まぁ、ね。
いっつも抱きついたりしてるけど、無理矢理押し倒したりとかはしないよ。
そんなことできるほど、流維くんのことどうでも良く思ってるわけないことくらいは分かるでしょ」
「…変な日本語」
 艶の言いたい事は痛いほど良く分かるのに、どうしても毒舌で、かわすように返してしまう。
自分が艶にしていることは、自分が紺にされていることと、少し似ているかもしれない。
「じゃ、一緒に寝よっか」
 それでもそう言って微笑ってくれた艶には、本当に感謝しているのだ。
顔に、言葉に出さないだけで。



 結局、ベッドに男2人で身を寄せ合うようにして。
些か狭くはあったけれど、互いの体温や息遣いは不快ではない。
そうしてしばらくお互いの呼吸だけが聞こえる空間が続いていたけれど、
不意に艶の言葉が静寂を壊す。
「…流維くんゴメン」
「は?」
 唐突な其の言葉に流維は、暗闇の中、すぐ隣に横たわる艶の方に体を向けた。
ぼんやりと見える其の表情から何となく言わんとすることが分かったような気がするけれど、
流維は敢えて何も言わずに艶の答えを待つ。
ごめんと呟いた言葉通り、ひどく申し訳なさそうな其の表情に、
本当はすごく笑い出したいのを堪えながら。
「あの、さ……、キスだけさせて?」
「……えーーーーー!!」
「だからゴメンってば!」
「何もしないって言ったじゃん!」
「俺も何もしないつもりだったけど!」
 流維が怒っているのは殆どが演技なのに、
気付いているのかいないのか、艶は情けない顔をする。
「でもさぁ…やっぱ、生殺しって酷くない?」
「…………、仕方ないなぁ…」
 思いっきり間を置いてから、渋々といった感じを装って、軽く目を閉じる。
そっと下りてくる艶の体温と、やさしい吐息を感じた。
すこし荒れた口唇の感触。
「…ピアス邪魔ー」
「俺もそう思う…」
「外せば良いのに」
 口の端にあたった金属の感触に文句をつける。
少しだけしゅんとして頷く艶に言って、流維はそのピアスに触れた。
 昼間とかライヴ中は、刺さりそうなピアスをつけているけれど、
流石にオフの日や寝る時は普通のに戻しているらしい。
まあ、あんな鋭利なピアスを着けたままでキスしたいなんて言われても、それこそお断りなのだが。
「…流維くん?」
「それじゃおやすみっ」
「ちょっ…、流維くんずるいよー」
「キスだけって言ったのは艶だからな!」
 又も情けない顔をする艶にきっぱりと言い渡して、さっさと布団に潜り込む。
目の下のあたりまで布団を引っ張り上げた流維に、ようやく諦めたのか、
艶が小さな溜息を吐いて隣に入って来るのが分かった。
「…おやすみ」

 艶のほそくて長い腕が、流維を守るように、布団の上に回される。
適度な重みを感じながら、流維はそっと微笑った。
艶の方に、ほんの少しだけ身を寄せる。

 ――本気さえ出せば、流維を押さえつけて抱いてしまう事だってできるはずなのに、
何だかんだ言って、流維には勝てなくて、やさしくて、甘やかしてくれて。
だから、抱き付かれたときにどんなに怒ってみせても、
艶の傍は安心できる場所なのだ。
(…いつまでもこんな関係が続けば良いんだけどね)
 そんな勝手な望みを抱いて、艶にばれないように、小さく笑う。
そうして心穏やかに眠りに就いた流維だった。


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なにかっていう時に甘えられる存在がいるってのは倖せですね。
押しつけがましい愛情ではなく、自然な寄り添い方の艶さんが良いです。
念願の口ピアスネタもでてきましたね。(笑)
私の流維論に感化されて(?!)いっぱい艶流維書いてくれて、嬉しいよ〜。
でも雪緒さん的には複雑な心境なんでしょ?!(笑)

<のち>

2001.0703


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