harmless

 人の本性なんて、知れたもんじゃない。
気丈そうな笑顔の裏側に意外なほどの脆さを抱えていたり、
傷つきやすそうな繊細さとは裏腹に、不思議な傲慢さを持っていたりする。
何年付き合っていても意外と見えないそういったものを、
自分も例に漏れず隠し持っているだろうし、
今までの人間関係で充分に学んできたつもりだった。
 若干19歳というメンバーのひとりとの、可愛がったり可愛がられたりという関係の裏で、
何処かお互いに心を許しきれないものを感じ取っていたのは、
その知恵が多分に影響していたのだろう。



●○●



 駆け寄ってくる足音に気付いても、遊汝は振り帰らない。
両手で背中を叩いてくる、素だか演技だか分からない、
およそ19歳らしくない仕草が、その足音の主の習慣だからだ。
「遊汝さん、おはよーっ」
「…おはよ」
「今日温泉だよね、すっげー楽しみ!ファンの子とかってホントに来るのかな」
「そりゃ来るだろ。少し落ち付けよ」
 何時も以上にはしゃいだ様子の零名の頭を軽く叩いて、遊汝は苦笑する。
零名の誕生日に重ねてこの温泉旅行を企画したということもあるのだろうが、
こういうイベントで大喜びする辺りは、まだまだ中学生じみた幼さが抜けきっていない。
「二十歳なんて、子供の頃思ってたほど大人でもないだろ」
「ああ、そう言われるとそうかもね。でも、これで堂々と飲酒喫煙できるって感じ?」
「それ…今更言うか?」
「あはは、そうだよねー」
 別に二十歳になる前に飲酒喫煙なんて、今では珍しいことでも何でも無い。
それでも全く悪びれた様子の無い零名の言葉の、余りに白々しさに、
思わず呆れたような声で返してしまった。
飄々と笑う零名を見下ろして、ひとつ小さな溜息。
 あまり素直に人を褒めたり祝ったりするのは得意ではないのだけれど、
やっぱり、年に一度きりの誕生日なのだし。
「まぁとにかく、誕生日ってことで。おめでとう」
「うん。ありがと!」
 不器用さが全面に滲み出た言葉で、遊汝は遊汝なりに零名を祝ってやる。
そんな祝い方でも、こちらを見上げて笑顔で頷く零名は、やはり何処か可愛いように見えた。
この子供っぽさが、遊汝を甘くさせているのだろう。
「俺、個人的にプレゼントとかって特に用意してねぇけど、何か欲しいものあるん?」
「そりゃあやっぱりケーキでしょー」
「それは向こうで用意してあるだろ? 何か他に…あんまり高いものはやれないけどな」
「んー…、改まってもらうのも変だしさ。あんまり気使わないでいいよぉ」
「そうか?」
「うん。何か、良さそうなの見付けたら、その時に頂戴」
 一度はそう言って、何か別の話題を探そうとした零名だったけれど、
事務所の控え室の手前まで来たところで、急に立ち止まる。
そうだ、とか何とか言いながら振り返ったその眼に、
遊汝は何か得体の知れないものを感じ取っていた。
 いつもバカみたいに子供っぽくて、明るくて、何も考えて無さそうな表情の裏の、
零名の本性みたいなものを。
「遊汝さん、欲しいものって言うか、我侭聞いてもらっていい?」
「何だよ。俺は樹みたいに甘くねーぞ」
「簡単な事だよぉ。多分遊汝さんなら全然オッケーだと思う」
「はぁ?何?」
 意味深な物言いに問い返す。
体ごと遊汝の方を向き直り、零名は下から見上げる姿勢で笑いかけてきた。
そして吐かれた言葉に、遊汝は耳を疑う。
「キスしてよ」
「…何だって?」
「だって、ウチのメンバーで遊汝さんとしてないの、俺だけだし?」
「…おまえ…意外と、腹黒いのな」
「そう?遊汝さんの方がすごいよぉ。
橙ちゃんとゼッキーは前から知ってたけどさ、いっちゃんにも手ェ出したでしょ」
「あぁ…樹、おまえに白状したん?」
「ううん、いっちゃん馬鹿正直だから、見れば分かるんだよ」
 何でもないことかのように言って、零名は遊汝の眼を覗き込んできた。
あくまで何時もの笑顔を崩さない裏側で、零名は何を考えているのだろう。
普段が明け透けな性格だからこそ、余計に読み取れない、真の意図。
 きっと零名は、樹の様子がおかしいことやその理由なんて、
分かりきった上で知らない振りをしたに違いない。
何時ものあの甘えた口調で、いっちゃんどうしたの、元気無いね、と言って、
子供じみた不器用さを見せて、樹を安心させて。
「…サイアク」
 ぽつりと呟いて、零名の腰に腕を回す。
抱き寄せて、軽く触れる程度のつもりで合わせた唇に、零名は自分から吸い付いてきた。
一瞬呆気に取られた隙に、無理矢理口唇を割って舌が絡んでくる。
しばらくそうして唇を合わせた末に、零名はふと体を離した。
お互いに開いた眼が合うと、悪戯が成功した子供みたいな、満足そうな笑顔になる。
それでいて、性格の悪そうな。
「ご馳走様。もういっちゃんに手ぇ出さないでね」
 そう言い残して先に部屋に入っていった零名を見送り、
遊汝は苦笑とも失笑ともつかない笑みを零した。

 ――樹は、こいつの本性知ってんのかね。

 そんな想いと共に。




雪緒「こんな零名も有りですか。(何)」

のち「有りです。むしろ歓迎」


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