〔インビジブル〕
泣いたような目をしているから、流石に気になった。
こいつは、訳もなく泣いたり笑ったりするような柄じゃないから。
「何」
「え?」
「何、泣いてんだ」
「…泣いてないよ」
「じゃあ、何で泣いてたんだ」
否定の言葉とか、全然無駄。
下瞼がすこし腫れていて、その充血した目で、何を言うかって感じだった。
時制を変えて問い詰めると、目を伏せて、ミヤは黙り込む。
「オマエ、その、すぐ黙る癖は何とかしろよ」
「うるさいなぁ…」
「うるさいって何だ。心配してやってんのに」
「心配しなくて良いよ…こんなことで」
珍しく言い返された。
しかも、二度目の反論に至っちゃ、
いつもやってることを忘れたのかと言わんばかりの口調で。
そりゃ確かに、日常的に、殴る蹴るの暴行は加えてるけどさ。
タバコ押しつけてみたり、無理矢理抱いたりとか?
でも、それで泣かれるんだったら、理由がはっきりしとるから、
改まって心配なんかしない。
って言うか。
むしろそういう時は、意地でも泣かないオマエがさ。
今みたいに、折角外に連れ出してやって、
好きなように買い物させてやって(実際、こいつは殆ど何も欲しがらないけど)、
珍しくフツーの扱いしてやってる時に、
何で泣いたりするわけ?
そんな嬉しいの?
…まさかな。
「言えよ」
「何も無いってば」
「じゃあ何だ、外に出られたのがそんな嬉しいのか?」
「違う…」
我ながら、それはありえないだろうと思いながら言うと、
案の定、ミヤは首を横に振った。
何だって言うんだろう。
何がそんなに悲しいんだよ。
オマエ、滅多に泣かないじゃん。
何を見て、そんなに簡単に泣いたわけ?
やっぱり、俺にはそんなことも言いたくねぇの?
「…ねえ」
「あ?」
「遊汝は、俺のことが好き?」
「何だって?」
唐突に、ミヤが聞いてきた。
俺の隣を歩きながら、俺の顔なんか見ないで。
ちゃんと聞こえてはいたけど、思わず問い返した俺に、
ミヤはもう一度同じ事を聞く。
「好きでもない奴、わざわざ連れ戻して、監禁なんかしないだろ」
「そういう答え方って…」
はぐらかしたような答え方をしたら、
何か言い返しかけて、すぐにミヤは口を閉ざした。
また黙り込むつもりかと思って顔を覗きこんでみると、
苦笑いみたいな、――ずっと見てなかった表情が見れて。
ガラにもなく、ミヤがSに居た頃のことなんか、思い出す。
こいつが逃げる前。
まだ俺がこいつに手なんか上げてなかった頃は、良くこうやって連れ回した。
人と全然コミュニケーションの取れないこいつが、
俺とだけは話をして、笑って、表情もちゃんと見せてたっけ。
俺の物言いに、こうやって苦笑することも良くあった。
そっか。
何か変な既視感があると思ったら、あの頃と同じ事してるんだな。
別にそんなことで、感動も後悔もしないけど、
ちょっと、嬉しかった。
何なんだろうね、この状況を楽しんでる自分。
「遊汝、変わってないね」
「変わるような事も無いしな」
「うん」
「オマエが逃げたからってさ」
「…そうだね」
――あ。
流石にこれは禁句だったかも。
いつもは常套手段みたいに使ってる台詞だけど。
俺はそう思って一瞬後悔したけど、ミヤは、あんまり気にしてないみたいに頷いて。
そうして、少しの間を置いてから、静かに切り出してくる。
「…雑誌、見た」
「雑誌?」
「遊汝が載ってる雑誌。橙くんと」
「…ああ、アレ」
この間、橙ちゃんと2人で取材受けた時の記事を見たんだろう。
そう言えば、さっき本屋に寄った気がする。
何か欲しい本があった様子も無いから、大して気にしないで出てきたけど。
「それ見て、泣いてたわけ? 嫉妬?」
「違うよ」
「じゃあ、何だよ」
「…俺が居なくても、遊汝は全然平気なんだなって」
「……今更そんなことで泣いてんの?」
「うん。ずっと、わかりきってたことだけど」
「じゃあ、何で今更」
結構さばさばした口調で言うから、勢い、こっちも馬鹿にしたような口調になる。
それでも、別に気を悪くする風もなしに頷いて、ミヤは、聞き取りにくいくらいの声で続けた。
「泣いても仕方ない事だけど。
俺が居なくても、橙くんがいれば、Sはやっていけるし。
遊汝も、俺が居なかったところで、普通に生きて行けるから。
俺の存在なんて、本質的にはどうでも良いものみたいで」
「…それが悲しいのか」
「少しね」
何でもない事みたいに笑う。
そこで黙ってしまったミヤに、無性に腹が立った。
――オマエこそ、何にも変わってないじゃん。
いつもそうやって、黙り込みか、無表情か、誤魔化すみたいな笑い方して。
何でそうやって、平気な振りすんの?
一人で乗り越えられると思ってんの?
それ、何のプライド?
本当は、すげぇ悲しくて、泣きたいくせに。
バレバレ。
それで耐えきれなくなって、また逃げるのか。
そこまで俺を馬鹿にすんな。
「バーカ」
気付いた時には、その細くて白い頬を叩いてた。
勿論、ごく軽く、だけど。
でも、予想はしてなかったのか、ミヤは驚いたようにこっちを見てる。
「オマエにしか出来ない事もあるだろ」
「…無いよ」
「ホント頭弱いな」
「だって、本当に無いから」
「あるんだよ」
それが何かは、流石に言ってやらないけど。
だって恥ずかしいじゃん。
それに、自分の存在価値なんて、自分でも気付いてるんだろ?
自信が持てないから、誰かに肯定してもらいたいだけなんだろ?
確かにSのヴォーカルは、ミヤでも務まったし、橙ちゃんでも務まる。
一定の条件さえ満たせば、他の奴でも、充分務まるだろうし。
でも、ミヤの「存在」は、誰にも肩代わりできない。
何で俺が、わざわざオマエのこと探し出して、連れ帰って、
監禁までして傍に置いてると思うんだよ。
俺の傍に居て、俺が思いっきり甘えられるのは、
他の誰でもない、オマエじゃなきゃイヤなんだって。
その全てにおいて、俺のやり方は歪んでるけど。
これって一応、愛じゃねぇの?
あ、寒っ。
「俺の愛人でいるのが、オマエの価値だろ?」
「愛人…」
「別に、恋人でも良いけどさ」
「…あんまり変わらないよね」
ミヤは、自分の存在価値を、俺に肯定してもらえないのが不安なんだろう。
でも、それは俺も一緒だから、そこまで甘やかしてはやらない。
考えてみれば。
キスもセックスもしてんのに、「好き」とか「愛してる」とか、
口に出して言ったことなんか、一度も無いもんな。
お互いに。
でも、ずっと、そういう関係だったじゃん。
多分、これからも。
「オマエだって、満更でもないんだろ」
「…?」
「こういう関係」
「…まあ、ね」
「じゃあそれでいいじゃねーか」
俺は、無理矢理幕を引くような、強引な言葉を返した。
それでも、一瞬置いてから、ミヤはこっくりと頷く。
俺の視線を避けるみたいに俯いたのは、
安堵したような微笑を見られたくなかったからだろう。
―――――――――――――――――――――――――
―――――――――――――――――――――――――雪緒さん久々SSで、初の一人称SSなのです。
遊汝の心情が、痛いほど伝わってきますね…。
私と雪緒さんはかなり遊汝派同盟なので。(笑)
遊汝さん至上です。
それも多分遊汝の気持ちが一番書きやすいっていうか。ね。
この中でミヤが遊汝にとって、
誰にも代え難い存在なのと同じように、
あなたも私にとって、代え難い存在なんだよ、雪緒ちゃん?
あ、寒っ。(笑)
でも本当にそうだからね。
君が逃げそうになったら監禁するからね!!
頬叩くからね!!
宜しく。(何)