モノクロ
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何時、何処で出会ったのかとか。
どうして話すようになったのかとか。
そういう細かい事はもうほとんど忘れてしまったけれど、
二人の間の不思議な関係は今でも鮮明に覚えているし、
あの時作られた、ある種の 絆 みたいなものは今でも消えていない。
自分たちでも不思議に思うけれど、何故かお互いに本気にはならなかった事とか。
その時はまだお互いに恋人と呼べるようなものもいなかったし、
お互いの何処にもこれといった不満は無くて。
――だからかも?
まあ、今でもそれは謎のままなのだけれど。
もうひとつ二人に共通して言えることと言えば、その頃の関係には未練も後悔も無いということ。
ただ、こうして時々話す機会があれば、
当時を懐かしんでみたり、
今でも否定できない相手への好意を思い知らされたりする。
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当時の遊汝は何をするのも唐突で、自分勝手で、傍から見たらただのワガママな奴だったのかもしれない。
でも、遊汝のそんなところが、真を飽きさせない魅力でもあった。
言いかえれば、真は、遊汝のワガママなところが好きだったということ。
だからその日も、遊汝が何の連絡もなしにやってきても、真は全く意に介さない様子だった。
「そろそろ寝ようと思ってたんだけど」
「あ、そうなん? 悪いけど上がるぞ」
苦笑して言う真にあっさり言い返して、真の答えも聞かずに遊汝は靴を脱ぐ。
仕方なく――それでも本当は迷惑がる気持ちなんて欠片も無いまま、真は遊汝を部屋に招き入れた。
遊汝が夜中に真のところに来るなんて、どうせいつものように「遊びに」来ただけのことだと思ったのだ。
だったらビールでも出せば喜ぶかなと、真はキッチンに向かう。
意外な事に、遊汝はその背中を呼び止めた。
「ちょっと、今日は話があってきたから」
「めずらしいね。なに?」
手招きで呼ばれて、遊汝が腰掛けた向かいに自分も腰を下ろす。
いつもは他愛も無い話しかしない二人だから、遊汝が改まって「話がある」なんて言うのを聞くと、
何故かおかしくなってしまった。
それでも遊汝の目は真剣で、茶化すわけにもいかず、真はただ次の言葉を待つ。
そうしてややあってから、遊汝は口を開いて。
「真さぁ…バンドやる気ないか?」
「バンドって…遊汝と?」
「いや、俺じゃない。俺が誘われてるバンドに入らないかって言う話」
「…何て言うバンド?」
何時になく真剣な眼と口調に押されて、やる気云々以前に問い返してしまう真。
それをイエスの方向の返事だと受け取ったのか、遊汝は少しだけ表情を緩めて答えた。
「La'Muleって言う四国出身のバンド。今は4人でやってるんだが、ツインギターにしたいんだと」
「結構有名なバンドじゃないか」
「まあなー、俺も蹴るのは惜しいとは思うけど、一緒にやろうって約束しちまった奴がいるからさ。
気乗りしないか?」
「…考えるから、ちょっと待って」
展開の早い遊汝に、そう言い返して苦笑する。
遊汝も、そうだよな、とか何とか言って、すこし照れたように笑った。
(その表情が結構好きだったことなんて、彼は多分知らないだろう)
「…何でそんな話になったの?」
「簡単に言うとだなー、まず俺のとこにその話が来て。
んで、俺が訳在りで入れないって返事したら、知り合いに信頼できるギタリストはいないのかって言われて。
それは真しかいないなー、くらいの勢いで来たってわけ。以上」
「そう」
それは褒め言葉なのか何なのか。
突っ込みたくなった気持ちを押さえて、真は笑う。
結局そんなことはどうでも良いのだけれど、交友関係の広い遊汝が、
自分を「信頼できるギタリスト」として一番に挙げてくれたのは、やっぱり嬉しかった。
それに、バンドがやりたいという思いは前々からあったし、
ここはひとつ、話を聞くだけでもやってみようかなという程度の気持ちになる。
「…何にしても、とりあえず話は聞いてみるよ」
「マジ? そうしてくれると、かなり助かる」
そうして答えた真の言葉を聞いて、遊汝は嬉しそうに笑った。
じゃあこれ、とメンバーの携帯の番号を書いたメモを渡され、
何時までに電話して、何時までに決めれば良いか、みたいな事を全部教えてくれる。
「さて。業務連絡は終わったな」
「…おやすみ。」
「待て」
遊汝の口ぶりから、彼の言わんとしている事とやらんとしている事は簡単に分かったけれど、
真は敢えて知らない振りでベッドに向かう。その服の袖を遊汝が掴んで引き止めた。
「夜中にわざわざここまで来たのに、もう追い返すのか?」
「勝手に来たくせに…」
「ん?そんな事言っていいのか?襲うぞ?」
「…貴方っていう人はー…」
至極楽しそうな遊汝の口調に、あきらめて真はもう一度腰を下ろした。
真の総言うところが好きなのか、それとも単にこの先の行為が好きなのか、遊汝はにっこりと笑う。
そのまま床に押し倒されそうになって、真はかるくその体を返しながら尋ねた。
「それで…本当はどっちが目的で来たの?」
「3対7ってとこ」
「…どっちが」
「こっち」
そう答えてにっこりと笑うと、遊汝は真のシャツの中に指を滑り込ませる。
遊汝の、こっちの口唇を親指でなぞる癖とか、キスの時に下唇を噛んでくる癖とか、真も別に嫌いではないけれど、
腰の辺りを思わせぶりになぞってくるあたり、随分慣れてるな…なんて思ってみたり。
別に何の特別な感情も無い関係だから、そんなことに何かを感じたりもしないけれど、
真は何となく溜息を吐いてみせた。
…そういうとこ、遊汝らしいよね。と。
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そうして一晩だけ一緒に過ごして、翌朝何時も通りに別れたきり、
遊汝と真が二人きりで会うことはなくなった。
真がLa'Muleへの加入を決めたときと、遊汝がSを結成したときだけ、
お互いに電話でその旨を伝え、ついでに他愛も無い話をしただけで。
あれ以来、お互いのバンド活動が忙しくなったというのもあるけれど、
それよりも、会うタイミングを逃した――とでも言うのだろうか。
喧嘩別れをして気まずいとか、そんなわけでもないのに、何となく。
事務所内やイベントで顔を合わせれば、ごく普通に仲良く接して。
初めは多少違和感を覚えもしたけれど、何時のまにかそれが普通になって行った。
そんな中で、昔の関係を忘れかけた頃。
+++
カップリングツアーで全国を回っていて、一緒のホテルに泊まっているのだから、可能性が無いわけではなかった。
でも、真は大抵直と一緒で、遊汝も遊汝でメンバーたちの誰かしらと一緒にいるのが常だったから、
予測していなかったと言えばそういう事になる。
「遊汝」
「…お、珍しいな。ひとり?」
コンビニにでも行っていたのだろうか、1階でエレベーター待ちをしていた遊汝に、真が偶然行き合わせた。
実に久しぶりに二人きりで話す感覚に、懐かしさとしか言いようの無いものを覚える。
「久しぶり」
「な。真と二人で話すの、1年ぶりくらいか?」
「そうだね」
「直さんとは上手くいっとるん?」
「唐突…」
いきなり話題を変えた遊汝に、真は言葉すくなく笑った。
それでも次の瞬間には、特に動じる事もなくあっさりと頷く。
「…上手くいってるよ、少なくとも、メンバーにからかわれるくらいには」
冗談交じりの言葉。
下手な謙遜すんなよ、と笑って真を小突いてから、遊汝は不意に顔を近づけてきた。
「でもそれ、ちょっと嫉妬」
「何言ってるの?」
「冗談」
「やっぱり?」
たちの悪い冗談にしか聞こえなかった遊汝の言葉は、やはり揶揄いに過ぎなかったようで。
真があまり動じずにいるのを見ると、遊汝は、つまんねぇとか何とか言う。
下りてきたエレベーターに乗り込んで、行き先のフロアを指定してから、遊汝はもう一度口を開いた。
「じゃ、俺とやってた事は役に立ってる?」
「全然。直さんにはあんな変態的な事出来ない」
「そんなヤバいことはやってねーだろぉ?」
遊汝のあからさまなからかいに、真は平然と返し、更に遊汝が言い返して、
そして二人で笑う。
「直さん、愛されてんなぁ」
「遊汝と違って、可愛いから」
「んなこと知ってる。俺は可愛くねーよ」
「ああ、それ以前に、遊汝は恋人にしたいタイプでもないし」
「…結構言うようになったねー、真くん?」
「そう?」
「可愛くなくなった」
「可愛くはないでしょ。前から」
「お互いに?」
「そう」
お互いにね。
そんな会話を交わす内に、部屋のあるフロアまで辿り着く。
エレベーターを降りたところで、遊汝はじゃあ、と手を上げた。
「俺、部屋こっちだから」
「うん、お疲れ」
「…真」
真も手を振って別れようとしたら、不意に呼びとめられる。
何となくその意図がわかるような気がした。
眼を閉じてかるく上を向く。
軽く親指でなぞるとそのまま口付けて、ほんの少しだけ下唇を甘噛みする、あの頃から少しも変わらないやり方。
人の癖ってなかなか変わらないものなんだな、という思いにが沸いた。
「…じゃ、おやすみ」
「…おやすみ」
めずらしく、やさしい笑顔で微笑んで、遊汝は真に背を向ける。
一瞬遅れて、真も自分の部屋に向かった。
…なつかしい感触。
友達ではない、恋人でもない。
お互いにその状態が普通の、不思議な関係だからこそ生まれる、この、感情。
交わる事の無い、それでいて限りなく近い平行線上を歩き続ける二人。
end
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7/3の圧力殲滅にて、遊汝と真の微妙な発言等から妄想でできたネタ。
ホントは遊汝がLa'Mule入るはずだったんですよね。
でも遊汝は大関とバンドやるっていう約束してたからLa'Muleには入らなかった。
そして真くんが、La'Muleに加入した。
んでもって7/3「おれ達も付き合って1年になるよね(邪笑)」の遊汝発言と、真クンの微妙な笑顔。
これで妄想するなってほうが間違っている(死)。
真受け嫌いな方ごめんなさい…。
このハナシはフィクションなのです。加入前から遊汝と交流があったかどうかは不明。
テーマは「友達以上=恋人未満」。
友達でもない恋人でもない不思議な絆、だそうです。