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[MASK=6=]


祈りにどれだけのちからがあるのかは分からないけれど、
祈りのおかげだったのかどうかも分からないけれど、
奇蹟だと思った。
あの日以来、二週間程様子を見たが、京は発作を起こす事もなく、
減りつづけていた体重も元通りになりそうな程までに回復した。
そうして、今度こそ大丈夫だと、Dieだけでなく他の医者も診断し。
「Die君っ」
「お、もう片付け終わったのか?」
「終わった。片付けるもの自体、そんなになかったし」
その診断とはつまり、退院しても大丈夫だろうという事。
MASKの売買や使用に関わってしまった以上、京の実刑は免れなかったけれど、
さまざまな理由から、その刑はさほど重いものではなかった。
本人も、償わなくてはならないという点には納得しているようで。
「帰ってきたら、Die君ちに行くから」
笑顔でそんな事を言った京が無性に愛おしくて、思わず抱き締めてしまったのもつい最近の話だ。

――けれどそんな中で、ただひとつ疑問が事が残ってる。
薫とShinyaの行方だ。
あの日あれからDieが霊安室に戻ると、薫の遺体共々、Shinyaは忽然と姿を消していた。
あの細い体で、一人きりで、Shinyaが薫の遺体を何処に持ち去ったのか。
Shinya自身も何処に行方を暗ましたのか。
それは杳として知れないままだ。

「…Die君?」
「あ?」
「何ぼーっとしてんの?」
「…何でもない」
こちらの眼を覗き込んでに問いかけてくる京に、Dieは微笑んで答える。
京が退院していく折角の日に、これ以上、MASKに関わる話題を持ち出したくなかった。
「…ならええけど。もう下に行く?」
「あ、俺は一度医局に戻らなあかんから。先に行ってる?」
「ん…そうするわ。じゃ、また後でな」
京を送り出す前に、彼の最後のカルテを届けるようにと言われていた事を思い出して、Dieは京と別れた。
医局は別棟にあるから、渡り廊下を通って行かなくてはならないのだ。
京はと言うと、この棟の玄関の方に、警察が迎えに来る事になっていた。
「寄り道するなよー」
「子供じゃあるまいし、病院の中で寄り道なんかせんよ」
Dieの言葉に京が言い返して、ふたり、ごく自然に別れる。
Dieが突き当たりの廊下を曲がるのを見届けてから、京は、エレベーターに向かった。


――昨日まではずっと、看護婦に付き添われて、検査の為に、この階と一定の階とだけを往復していた。
けれど今日はようやく、1階まで下りられる。
もう一度、人間らしく生きられる。
そう思うと、色々な思い出がこみ上げてきて、すこし胸が痛くなった。
「…こんなとこ、もう二度と来ないから」
上がってきたエレベーターに乗りながら、自分に言い聞かせるように呟いて振り返る。
と、向かいの壁につけられた窓から、真っ青な青空が見えた。
広くひろく、果てしないほどに広がる青空。
抜けるようなその姿に、空を愛したToshiyaを思い出す。

――京くん、見てよ。空が真っ青。
天気の良い日にはよくそう言って、二人でマンションの屋上に上がり、何時間も寝転んで他愛ない話をしたっけ。
そういえば、ここに来て暫くした頃に、Dieがこの病棟の奥嬢にも連れて行ってくれた。
都心とは思えない空気と眺めの良さに驚いた京に、Dieもそれが気に入っているのだといって、
気持ち良さそうに目を細めた姿。
少し強く吹く風が快かった。
空が綺麗だった。
綺麗な、綺麗な青い空。
Toshiyaの大好きな。


(…Toshiyaが)
――そう思ってしまった瞬間。
その一瞬で、全てが狂ったのかもしれない。


1階のボタンを押そうとしていた京の指は、24階と書かれたボタンを押していた。
この24階というのが屋上のことで、普段は、職員がいないと上がっては行けない事になっている。
それに、万が一患者が一人で上がってしまった時の為に、屋上に続く扉には鍵がかけられていると聞いた。
そう、そんなことは知っているはずなのに。
「Toshiya…」
何かに取り憑かれたかのように、京はその人の名を呟いた。

エレベーターの戸は閉まり、すぐに24階へと辿り着く。
再び扉が開けば、短い通路の先には、屋上へと続く扉。
鍵がかけられているのだと開かないようになっているのだと知っているのに、京の手はドアノブを掴んで。
――かちゃり。
「…………」
酷く軽い音を立てて、扉は簡単に開いた。
流石に驚いて顔を上げると、扉のガラス張りになった部分に、青空を透かして自分の顔が見える。
…否。

「Toshiya!」
ガラスに映っていたのは、自分ではなかった。
黒い髪。切れ長な瞳。
なつかしい、忘れかけてさえいたToshiyaが、ガラスの向こうで微笑んでいる。
体ごとぶつかるようにして扉を開き、京は屋上に駆け出した。
その途端、Toshiyaは視界の向こうに消えて行ってしまう。
「Toshiya! 待って!!」
Toshiyaの細い腕がフェンスの外側に見えた気がして、京は必死で追いかける。
長い間の入院生活で、すっかり弱ってしまった脚が恨めしい。
24階に吹く風に煽られながら、京は、思うように動かない体でToshiyaに駆け寄る。
彼は振り返らない。
「Toshiya、やっぱり生きてたん!? Toshiya…っ」
フェンスに掴みかかって問いかけた。
風に吹かれる、少し青がかった黒髪からは、Toshiyaの香水の香りがする。
「Toshiya! Toshiya、こっち向いて…!」
なのに彼は答えてくれない。
手を伸ばせば――このフェンスさえなければ、触れられる距離。
Toshiyaがここにいる何てあり得ない事なのに、その疑問にすら気付かず、
周囲を見渡して、フェンスの外側に出られそうな場所を探す。
(あった…)
それは意外にも簡単に見つかって、京は何を思うまもなく走り寄った。
鍵の取りつけられていない出入口は、既に開いてさえいて、簡単に出る事が出来る。
(…っ…)
フェンスの外側は、幅1メートルも無いだろう、ごく狭い空間だった。

風に煽られながらも、その端に佇むToshiyaの姿を見つけて駆け寄ろうとする――と、またも彼の姿が掻き消えた。
まるで、吹き荒ぶ風に融けてしまったかのように、跡形も無く。
「Toshiya…?」
つい一瞬前までToshiyaが佇んでいた場所に手を伸ばしても、その指先は宙を掴むばかり。
その空間に、形在るものは何も無い。
「…な…んで…っ……」
確かに、見えていたのに。Toshiyaの姿。
後ろ姿だったけれど、一言も声を聞かせてはくれなかったけれど、あれは確かにToshiyaだった。
何処にいってしまったのだろう?
すぐそこにいたのに。
酷い絶望感に、思わずその場に座り込んでしまう。
そんな京の背に、ふと響いたのは、紛れも無いToshiyaの声。


――京くん?


…何処から響いてくるのかは分からないけれど、でも、優しい声。
その声で名前を呼ばれるのが大好きだった。


――京くん、


そして、その声が残した言葉が京の背中を押す。


――一緒に堕ちよう?


…視界が暗転する。
青かった空が灰色に、白かった建物も灰色に、全てが黒ずんで見えた。
下を見下ろせば、病院の庭に、名前も知らない青い花が咲き乱れているのがぼんやりと分かる。
――ここから飛び下りたら、この呪縛から逃れられるのだろうか?
姿を潜めながら何時までも体の中枢に残って、京を苦しめるMASKの毒から。

だから、あなたは俺を呼んでるの?
一緒に、堕ちようと。


「…一緒に、堕ちよう…」


コンクリートの縁から一歩だけ踏み出す。
一瞬だけ。ほんの一瞬だけ、今までに感じた事の無いような恐怖を覚えた。
けれどそれもすぐに、無重力の快楽に換わる。
重力の中で体が反転して、果てしなく広がる青い空が見えた。




あまりに広い空間
24階大きく羽を広げて
4.5秒の自由を手に入れよう――



 ×××




京が天涯孤独の身だった事や、最後の日々に誰よりも心を許していた相手がDieだったこともあり、
彼の遺品は全てDieが引き取った。
小さな手荷物程度の品々の中で、いちばんにDieの目を引いたのは、3冊のノートだった。
精神状態を知る手がかり程度に、日記をつけるようにとDieが買ってやったものだ。
初めの2冊は普通のキャンパスノートだが、最後の1冊だけは、京が自ら欲しいとねだった白いノート。
もう何度となく読み返して、大体の内容なら覚えてすらいるそのノートをぱらぱらとめくって――
最後のページに、走り書きのような文字を見つけた。
たった一行だけ、京の右上がりな癖字で。
あの日、新しい日々を目前にした京が記したのだろう。
そう思うと、文字が涙でかすんでゆく。


――Die君、今までありがとう。帰ってきたら一緒に暮らそうね。



+++



新しい花が咲く。
一面に、純白の花が次々と咲き乱れる。
散って咲く花は違う花。
刻を止めた花は咲きこそしないが、散りもせず。
居なくなった者の面影も、鮮やかになる事も、色褪せる事も無い。
…少年のような彼の笑顔は、今でもDieの脳裏に刻み付けられている。
病棟で手を振って分かれた時の記憶そのままに。

あれから月日は流れ、MASKと言う名の麻薬は幻となった。
京の死後、不思議とMASKの中毒に陥る者は現れず、所持で検挙される者も出なかった。
売人やジャンキーたちも、その致死性の危険に気付いたのだろうか。
結局、詳細は未だ謎のままだが、Dieにとっては充分だった。
これ以上のMASKの犠牲者を出さずに済んだだけで。
そうして、京の小さな体を受けとめた青い花は、まもなくDieの希望で全て引き抜かれ、
代わりにこの白い花が植えられた。
京の命日の頃になると、一斉に咲き誇り、淡い香りを放つ白い花。
何時までも感傷に浸ってはいられないけれど、年に一度だけ、Dieはこの場所で祈りを捧げる。

――帰ってきたら一緒に暮らそうね。

そう書き残して去って行った彼が、どうか、もう二度と迷う事の無いように。
その魂の出で立つのも帰るのも、安らかにあらんことを。

今も、そしてとこしえに。





<end>

 

―――――――――――――――――――――――――

原作:Hikaru.M&雪緒、書いた人:雪緒デス。

1年弱かけて、とうとう完結しました、MASK!私も続きを心待ちにしていた1人でした。
Dieとの平和な生活、Toshiyaと一緒に堕ちること、京にとってどちらが本当の幸せだったんでしょう。

麻薬は一時の幸福はくれるかもしれない。
でもそれは一時であって、絶対に本当の幸福はもたらしません。
麻薬、覚醒剤、「ダメ、絶対」です。

雪緒さん、合宿前日だというのに頑張りました!お疲れさまでした。
ということでよかったら感想下さいね。

2000.7.17 【のち】

完全版 終了 → 2000.7.23

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