LOVE SICK
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「まだ怒ってる?」

窺うような口調でそんなことを聞かれて、タクヤは弦の手入れをする手を休めた。
声の方向を見れば、楽屋のソファに座ったまま、じっとこちらを見詰めてくるミチの瞳とぶつかる。
すこし困ったような、すこし悲しそうな表情のその眼に、タクヤは敢えてそっぽを向いた。

「…怒ってない」
「怒ってる…」
「何も怒ることなんかあらへんやん」
「めっちゃ怒ってる……」

素っ気ないタクヤの言葉が痛いのか、ミチの声は、こちらが思わず失笑してしまうほどに暗い。
けれど、タクヤのそんな表情は、俯いてしまったミチには分からないようで。
(…難儀な奴)
包帯を巻いたままの片腕を庇うような姿勢の彼を見やって、タクヤは、わざとらしいほどに大きな溜息をついた。

「…怒ってないって、何度言うたら分かるん?」
「タクちゃん、どう見ても怒ってるよ…」
「怒ってへんって!」
いい加減やるせなくなって、思わず怒鳴るような形になってしまう。
タクヤの苛立ちが伝わったのか、ミチはようやく顔を上げた。
先程の、叱られた子供みたいな眼のままで。


――今朝のミーティングから、ミチはずっとこの調子だ。
トモとヒロもいい加減に付き合いきれなくなったのか、タクヤに後を任せてどこかに行ってしまった。
かと言って、タクヤにそれを責める権利はない。
ミチのこの沈み具合は、明らかにタクヤのせいなのだから。


「…さっきも言ったけどな。今回は腕で済んだからまだええけど、もし重傷だったらどうするつもりなん?
飲酒運転してコケたからライブはできません、じゃ済まされへんで?」
「うん。反省してるよ、すっごく…」
「ミチだけじゃなくて、マスケラ全体に関わる問題になるんやから」
「…うん」
厳しい言葉ばかりだけれど、それは全部本当のこと。
ただ、それが全ての理由ではないというだけで。

――本当は、すごく驚いて、すごく心配しているのだ。

事実、骨折もせず、“怪我”で済んだからよかった。けれど、バイクの転倒事故は、充分死に繋がるから。
それを思うと、軽症で良かったという安堵も手伝って、ついつい叱ってしまう。

「…電話鳴っとるで」
「あ、ホントだ」
会話が途切れた隙に、ミチの携帯が鳴り出す。それに気付いて、タクヤは背後の机の上から取って手渡してやった。
ディスプレイを見て相手を確かめ、ミチは携帯を耳に近づける。

「ああ、おはよ。え? …うん、今怒られてたとこ」
相手に向かって、そんな受け答え。
どうやら事情を知る友人のようだ。
「いるよ、ちょっと待って――タクちゃん、ガクがちょっと話したいって」
「え、ガク?」
ギターの手入れに戻ろうとしたところを呼び止められ、タクヤは、渡された携帯を受け取った。
「もしもし?」
『タクヤ? おはよう』
「おー、おはよう。ガク、今日オフなん?」
『ううん、スタジオからかけてるんだけど、あんまり時間なくて。それで…昨日の事故のことなんだけど』
「ああ、飲酒運転な」
『あはは、それそれ。でも、それで…あんまりミチのこと、怒らないでやってくれる?』
「もう手後れ」
きっぱりと言うと、ガクトがくすくすと笑うのが聞こえてきた。
ミチの方を見ると、彼も曖昧な苦笑で会話の成り行きを見守っている。
『…そうだと思ったけど。でもミチは、俺を庇って怪我しちゃったようなもんだからさ』
「え、そうなん?」
『ん、一緒に乗ってたんだけどね。コケた時に、俺が腕怪我しちゃマズいからって…。
だから、あんまり叱らないでやって。俺も悪かったんだから』
「…知らへんかったわ」
『うん、ミチだったら言わないだろうと思ってさ。だから、ミチは悪くないんだよって言いたくて
…それだけなんだ。ホントにごめん、怪我させちゃって』
「いや、別にええよ。そんなに深刻な怪我やないし」
『無理しないで、って言っておいてもらえる?』
「ああ、伝えとく。それとも代わろうか?」
『ううん、もう撮影始まっちゃうから。タクヤたちもライブがんばってね』
そう言うなり、通話は切れてしまう。
確かに電話の向こうから、ガクトを呼ぶスタッフの声も聞こえてきていた。

携帯のアンテナを戻してミチに返すと、ミチはどこか聞きにくそうに尋ねてくる。
「…ガク、何だって?」
「無理せえへんように伝えて、とか言っとったで」
「他は…何か、言ってた…?」
「事件の全貌」
「……ガク…」
タクヤの言葉に、ミチはがっくりと肩を落とした。
一気に疲れきってしまったかのような仕草に、タクヤは苦笑半分、呆れ半分で声をかける。
「それで。何で隠しとったん?」
「…だって、ガクを庇って怪我したなんて言ったら、タクちゃん余計怒りそうだし」
「何でや」
「何となく、だけど」 
「何で俺がガクに嫉妬せなあかんねん!」
「…嫉妬なんて、一言も言ってないけど?」
「あ」
騙された。というか、あっさり引っかかった。
そう思って反論の言葉を捜した瞬間に、それまで初めと同じ表情を取り戻していたミチが
ぱっと笑顔になったのを、タクヤは後悔の念と共に見る羽目になる。

「そっか、嫉妬してくれたんだ…」
「してへん」
「人間って、言い間違いに本音が出るんだって。知ってた?」
すげなく否定しても、ミチは全く気にしていない様子で続けた。
それこそ子供みたいな惜しみない笑顔に、タクヤは、複雑な感情を抱いてしまう。
――ミチの言葉は、否定しきれないから。

ミチとガクトがお互いを親友と言って憚らないのと同様、自分だって、ガクトのことは好きだ。
メンバーぐるみの付き合いだし、一緒に遊びに行ったこともある。
でも、タクヤにとってのミチは、それ以上の存在。

「タクちゃん、怒った?」
「何で? ええやん、ガクとラブラブで」
「ラブラブって言っても、ガクは大切な友達だよ」
先程までとは、全く立場が逆。
機嫌の良さそうなミチに、タクヤは拗ねるような声になってしまう。
自分でも子供っぽいとは分かりつつも、こういうところは、いつまで経っても直せない。
それに、他の人だったら気付かないくらいの変化だろうから。

「ええよ、無理せんでも」
「だーから、ガクは親友なんだって言ってるだろ?」
再びギターチェックに戻ろうとしたタクヤを、ミチは怪我のないほうの腕で抱き寄せる。
傷の痛みをおして、赤く染めた髪をくしゃくしゃと撫でた。
「大体、これがタクちゃんだったら、事故も起こさないから」
「またそんなこと言って!」
「これは本気。タクちゃんには怪我させない」
いつもさらりと恥ずかしいほどに甘いことを言うミチに、タクヤが言い返す。
けれどやっぱり、ミチはその返し方を崩すことはない。
そして同様に、その好意の真っ直ぐさには勝てないと思ってしまう。

(…まあ、それもええかな)

そんなふうに思っていることは、しばらく自分一人の心に秘めて。




end

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私のリク通りに書いてくれたのね・・・雪緒ちゃんあんたサイコーさ。
例のMICHI、Gacktをかばってバイク事故事件を元にした作品ですね。
やっぱミチタクいいね。さてうちのMICHI君は誰が本命なんでしょう・・・。

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