Nothing But xxx
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「ミチ…」

何かを――何か、苦痛を堪えるような表情で振り返るヒロ。

「…遅かった、な…」
隣に立っているトモの、俯けた顔の表情は見えない。
…空気が痛い。
自分が立っている空間の感覚が掴めない。
ただ分かるのは、目の前にいる二人のメンバーの存在。
けれどその距離は、やはり掴めなかった。
遠い? 近い? 手を伸ばせば届く――いや、届かないかもしれない。

「遅かった、って…集合まで、まだ時間あるのに」
携帯の液晶画面に目をやって、時間を確認する。
遅刻なんてしていない。
二人の表情の意味も、口調の重さの意味も分からない。
何でそんな顔してるの?
そう問おうとした、その時だった。

「タクヤが死んだって…知らんかったのか?」
「急に倒れて…過労だって」

「タクヤが」
「一言も言わなかったのに」
「疲れたなんて」
「昨日までは元気で」
「ギター弾いて」
「タクヤが」
「タクヤ…」
「…………」

空間の、暗転を感じた。
足元の床が抜けて、落とされた先には、無限に広がる無重力空間――そんな衝撃。

「嘘」
そう言って笑おうとして、手足が動かないことに気づく。
それに、体だけじゃない。表情も動かせない。笑い飛ばせもしないのだ。
タクヤを失うなんて、あり得ないと信じているのに。

「嘘…タクちゃんが死ぬはず、ない」
呟いた、震える声。
弱々しすぎて、何の説得力もない――



――そこで、目が覚めた。

そして目に飛び込んでくるのは、カーテンの隙間から零れる陽の光。
見慣れない模様のカーテンに、一瞬戸惑って――すぐに、自分がどこにいるのかを思い出す。
そして、すぐ傍の床に座っていた人影が振り返るのは、ほぼ同時だった。

「やーっと起きた?」
「…タクちゃん?」
「そろそろ起こそうと思ってたけど、ホンマによく寝とったな」
あはは、と笑う。
そんなタクヤを見つめたまま、ミチは何度か瞬きを繰り返した。
…脳裏に鮮明に残る、二人の言葉。
タクヤが死んだと告げられた時の、あのショックまで覚えている。
けれど、目の前で笑うのは、確かにタクヤで。

「タクちゃん…ずっと、そこにいた?」
「そこも何も、ミチが俺のベッド占領しとったんやないか」
「あ…そうだっけ…?」
「そう。飲もうって誘ってきたのに、先に潰れたのはそっちやろー。まだ酔ってるん?」
「痛っ」
からかうように、ミチの額を指で弾く。
けっこう容赦なく弾かれた額を手で押さえ、ミチは上半身を起こした。
もう一度、正面からタクヤを見つめる。
赤っぽく染めた髪も、小柄な肩も、不思議そうにミチを見つめ返す眼も。

「…………」
「ぅわっ」
どこも変わらない、何も変わらない。
生きている。喋って、笑って、見つめてくれる。
そんな当たり前すぎる事実に、自分でも驚くほどに安堵して、ミチは衝動的にタクヤを抱き締めた。
予測のつかなかったミチの行動についていけず、タクヤは、バランスを崩してしまう。

「ちょ…ミチぃ。いきなり何するん?」
「…嫌な夢、見たから」
「はあ? ええ年して何言って…」
子供みたいなことを言い出すミチを、タクヤは苦笑して受け流そうとした。
けれど、抱き締める腕にこもる力に、ふと口唇を噤む。
代わりに、肩に埋められたミチの頭を、小さな子供にするように撫でてやって。
「…そんなに、嫌な夢だったん?」
「うん。絶対に、あって欲しくない夢」
「そっか…」
はっきりと、けれど小さな声でのミチの答えには、夢で良かったと思う安堵と、それでも拭い切れない不安とが見える。

…時折、本当に前触れもなく、タクヤの前で、ミチはこんな弱さをさらけ出す。
一体、他に何人が、こんなミチを知っているのだろう?
そんなことを考えてみると、何だか表情が和らいでしまう。
「こらこら。泣くなやー、いい子だから」
「…泣いてないよ」
「泣いてるやん」
「泣いてないってば」
顔を上げたミチの眼が、僅かに潤んでいる。
自分でも気づいていないわけがないのに、それでもかたくなに否定するミチに、タクヤはふっと笑みを零した。

「…大丈夫やって。どんな夢か知らんけど、とにかく、夢だったんやろ?」
「うん。夢…だよね?」 
「夢! ほら、いつまでも甘えないっ」
不安げに問い返してくるミチに、きっぱりと頷いてやる。
続けて、いつまでも抱き締めたままで動こうとしないのを叱ると、ややあってから、彼はにっこりと笑った。

「…このままがいい。もうちょっとでいいから」


…もう少しだけ。


このままで、その存在を感じていたいから。




<END>


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* 戯言*

ネタ的には王道でつまんないんだけど、いちおう実体験に基づいてるんで(笑)。
「大切な人を失う」系の悪夢は怖いです。
しかも、現実との区別がつかなくなるから(私だけか?)、
ホントにこの上ない恐怖だと思います。
しかし、悪夢を見て、起きて泣いたのは、今回が2回目だよ…。
5歳の時からそんなことなかったのに…(苦笑)。
とにかく、「大切な存在」の大切さを改めて痛感したので、
こうやってカタチに残してみました。

<雪緒>


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