side A 響兵

…どうしよう。昨日と同じ電車だ。
幸い、辺りを見ると、昨日のあの男の姿はなかった。
そう安心したのもつかのまで、新たな問題が浮上してきた。
この満員電車じゃあ一狼とくっついちゃうじゃないか…。どうしよう。心臓が…。
一度意識してしまったら最後、心臓の心拍数はあがるばかりだった。
昨日とほぼ同じ位置に立ち、一狼は昨日の男と同じように俺を包むように立っていた。
昨日の感触が生々しく思いだされる。
その後、家でした行為のことも。
その行為で誰をおもったかを。
やばいよ…。一狼が変に思うかもしれない…。
心もち、俺は一狼から離れた。
けれどここは満員電車。
離れようとしても体は密着していた。
忘れようと思えば思うほど、ますます意識してしまう。
意識した「普通」はすでに普通ではなかった。
瞬間、背筋が凍った。
あの男が視界に入ってきた。
どうしよう。また来るかも…。
でも、今日は一狼がいるし、ちょうど一狼が盾になってくれるはず。
大丈夫、きっと。
そう自分に言い聞かせていたら、途中の駅でまた人が増えた。
押されてますます俺と一狼の体が密着した。
さらに、押されたすきに一狼の足が俺の足の隙間に入り込んできた。
やばいよ…。こんなに密着したら…。
「ほんと、混むなぁ、この電車。わりー、押しつぶしちゃってるなー俺。」
そう冗談っぽく一狼が言った。
あの男がだんだんと近付いてくる。
『いいこだから、ここでは我慢して』
『続きをしよう。楽しんでるだろ?ほら、こんなにたってる…』
昨日のあの男の声が頭の中を駆け巡る。
怒りと、羞恥心と、けれどそれだけではない熱い感情がうずまく。
男の手の感触、それにかさねた一狼の手の感触…。
ドクッ、とアソコがうずいた。
こんなに近くに一狼がいるのに…。
しかも一狼の足が俺のアソコにあたってるのに。
俺の後ろに何かが動いた。ヤツだ。
ゆっくり、けれど執拗になでまわしている。
どうしよう。
体が震えてきた。
一狼っ、と心の中では叫べても、実際には言えずにいた。

 


side B 一狼

…やばいな。
こんなにも密着したことは今までになかった。
それにしても、この体勢はまずいだろ…。
俺の足は響兵の足の間に入っていて、響兵を包むように立っている。
なんだか鼓動が速くなってきた。
なんでこんなに俺ドキドキしてんだろ。
落ち着け、そう自分の心臓に言い聞かせていた。
響兵ってこんなに細かったっけ、肌のキレーだな、と無意識に響兵をみつめていた。
抱き締めたい、そんな欲求がどこからともなく浮かんでくる。
…どうしたんだろ、俺。
今まで普通に思ってた響兵がこんなにも愛おしく思えるなんて…。
響兵の体が細かに震えてることに気がついた。
どうしたんだろう、と心配するが、何故響兵が震えてるのかさえ、俺はわらなかった。
「一狼、助けてっ…。」
わずかに聴き取れるぐらいの声で響兵がいった。
「どうした?」
と、俺が尋ねても響兵は答えなかった。
まだ響兵の家の駅ではなかったが俺は響兵の手をひっぱり、途中下車した。
「どうした?気分でも悪いのか?」
響兵はまだ震えていた。
いきなり響兵の手を見知らぬ男がつかんだ。
「おい、また逃げるのか?よかったんだろ?やろうぜ。」
…理解ができなかった。
この男がいったい何物なのか、そして何を言っているのか。
響兵はすがるように俺を見つめ、俺のシャツをつかんだ。
「助けて、一狼っ。」
「どうしたんだよ、響兵。この男何者?知り合いか?」
すると、今にも泣きそうに響兵が首を横に振った。
男は周りに人がいないのを確かめて言った。
「昨日、電車の中であんなによがってたじゃないか。
なんで逃げたんだ?今日ずっと探してたんだぞ。」
と、わけのわからないことを言い始めた。
響兵はちがう、ちがう、とでも訴えてるように俺を見つめる。
「ちょっと、なんなんだよお前!手はなせよ!」
そう俺が言うと、
「君こそ誰だ?このこの恋人か?そうじゃなかったらどいてくれ。」
と、さもえらそうに俺にいった?
「は?響兵がお前のことをしらねーっいってんだよ。お前がどけよっ!」
「私のことを知らないだって?昨日のことをもう忘れたのかい?
じゃあ、思いださせてあげよう。昨日私は君に痴漢行為をはたらいた。
けれど君は嫌がることなく私を受け入れ、アソコをはりつめるぐらいによがっていたよね?
忘れたとは言わせないよ?」
…真っ白になった。
その瞬間俺はその男をなぐっていた。
「いくぞ!響兵!」
そう俺は響兵に言い、ちょうどホームに来た電車にのりこんだ。
それでもおっかけてくる男にケリをくらわし、電車から降ろした瞬間にドアが閉まった。
それからしばらく二人とも無言だった。
俺は頭の中を整理するのでいっばいだったし、響兵はまだ震えていた。
響兵の部屋に着いた。
口火を切ったのは俺だった。
「なぁ、響兵。話してくれないか?」
そういうと、響兵の瞳から大粒の涙があふれた。
「だからっ、俺は言ったじゃないか。あの車両が嫌だって!
なのに、一狼が手を引くから…」
そう言って、俺の胸に顔を埋めてきた。
俺のシャツにしがみつき、泣きじゃくる響兵はなんとも言えずかわいかった。
「ごめん。気づいてやれなくて…。あの男が言ってたのは本当なの?ウソだよね?響兵?」
しばらくの沈黙の後、せきを切ったように響兵が話はじめた。
「…本当だよ…。でも!抵抗はしたんだ!必死に!でもかなわなくて…」
「それで、やつの手を許したの?どうして?それで気持ちよかったの?」
ものすごく俺は怒っていた。響兵に対して怒ることじゃないのに。
なのに、自分の中で、何かが許せずにいた。
たぶん、それは嫉妬。
本来自分が手に入れたいと思ってたものをとられたくやしさ。
それを自分で処理できずに響兵にあたっていた。
「しょうがないじゃん!やめてください、って言えるわけないだろ!
男が男に痴漢されてるなんて!笑いもんだろ!」
涙をいっぱいためた目で俺の目を響兵が見つめた瞬間、理性が飛んだ。
俺は響兵にキスしていた。
「……いっ…ちろっ…!」
そう必死な何かを訴えようとする響兵の口を、
うるさいとでも言うかのように俺はキスをより深く、続けた。
歯列をなぞり、舌をからめ、細い響兵の体を抱き締めた。
「……っ……ぁっ…ぁんっ…」
しだいに響兵の声が甘い声に変わってきた。
そして俺は響兵のベルトに手をかけた。

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